朝倉郡東峰村

 九州北部を襲った集中豪雨により、ここ東峰村も大きな傷を負いました。

 約一週間が経過し道路の土砂もようやく取り除かれたので、7/14からボランティア活動が開始されました。
 寸断された道路があるため、受付会場は「道の駅小石原」側と宝珠山側に分かれましたので、私は次男と小石原側に行って受付。三連休の初日なのでam8:40に到着した頃には150人ほどのボランティアが全国から集まっていました。

 社協から受付説明を受けたのち、グループに分かれて依頼のあった先に向かいます。

 道路は土石流により数日前に通った道路とは思えない、まるで別の場所のような姿になっており、家屋の崩壊もいたるところで発生しています。土砂とともに流されている大量の針葉樹が目立ち被害を大きなものにしているようます。
 私が応援に入ったところはある窯元で泥のかき出し、土嚢作り、洗浄作業を実施。

 家主の話によると自家用車を流され土砂が腰の高さまで家の中に入り込んできたそうで幸運にも家は流されなくて済んだので命は助かったとのことでした。

 猛暑の中休憩をはさみながら大量の土嚢を作っているとフラフラしてきて午前中でギブアップ寸前。こりゃ体がもたないなと弱気になりましたが、午後から壁の洗浄担当になったのでなんとか15時の作業終了時間まで頑張ることができました。

 同じグループの方は京都から徹夜で一般道を走り9時の受付時間に到着。そのまま夕方までハードな作業を行っておられました。仮眠後一般道で京都に帰るそうです。

 まだまだこれから復興が続きますがボランティアの皆さん、地元の皆さん体をこわさないよう頑張ってください。

 

 写真撮影は被災した方の心情を考慮し控えさせていただきました。

 東峰村では、社協にてゴム手袋やマスクを用意していただいていましたが、ゴム長、保護メガネは準備が必要です。近くに店はありません。飲料水と食事も忘れず持参してください。

【本所(小石原)】
受付時間:9時~11時
場所:小石原焼伝統産業会館(福岡県朝倉郡東峰村小石原730−9)
TEL1:090-6569-4753
TEL2:090-8348-2864

【宝珠山サテライト】
受付時間:9時~11時
場所:東峰学園(福岡県朝倉郡東峰村大字福井2296-4)
TEL1:090-8348-2899
TEL2:090-8348-2962

管理人

「ミスターイエローブルース」大木トオルさんの「セラピードッグのお話と『スタンド・バイ・ミー』」

これは、当方のHP、カスタムプロホワイト「答えは風の中」で長年親交のある、キャンプのフリーライター、町田厚成さんがタイムリーにその内容をリポートされています。
「答えは風の中」のブックマーク、「町田の独り言Ⅱ」で「大木トオル、ブルースを語る」「大木トオル、筑波大学セラピードッグ講演」を始め、皆様に覗いてもらえたら、プロの編集者のリアルな文章が参考になりますよ。

当方は、この一件に関して、視点を変えて述べさせてもらいます。そのテーマは、今の若い人、特に理系の学生さんに向けた「コミュニケーション論」の展開です。

熱く、ソウルフルに想いを語られ、最後に魂を込めて『スタンド・バイ・ミー』を熱唱された大木さんが、筑波大学に来られてから、昼食、大学を去られるまでの立ち居振る舞い、表情の変化、動作の洗練度、の3点をじっくり観察させていただきました。

左は『スタンド・バイ・ミー』で、日本でも有名な「スイートソウルの王様」BEN.E.KINGさん、右は大木トオルさんです。大木さんは、高校生まで先生から「ドモリ君」と呼ばれ、その吃音を治すために、歌を歌い始められ、今から50年近く前にカバンひとつでブルースの本場、アメリカに渡られ、シンガーとしての地位を確立されました。
彼がシンガーとして成功された事を私なりに説明しますと、その大きなファクターは「コミュニケーション力」です。観衆を前に、大木氏のステージ上で心打たれたのは、
①真剣に、熱く、何かを伝えようとされる教師の顔、無邪気な少年の顔、それは人々を惹きつけます。
②歩く、腰かける、立つ、そして話す、その動作の完成度。
③他人を立てる、譲る、そして自分をドーンと出される、それは自然なさりげない落差です。

上記の3ポイントは、大木氏が、言葉も違えば文化も違う異国の地、アメリカで「自分の歌を歌いたい。」その一心で努力した結果、自然に身につけられたものだと推測されます。 そう、ブルースの世界に、そして、アメリカに温かく迎えてもらえたのは、壁にぶつかり、涙を流され、思い切り泣いて立ち上がられた経験から得られた完成度の高いコミュニケーション能力の賜物です。

このCDジャケットをよく見てください。この表情!TORU and BEN.E.KING The MANHATTAN Brothers。
TORUさんとBEN.E.KINGさんは、「魂の兄弟」そのものでしょう。これを対話といいます。コミュニケーションといいます。

今日本の小学校の低学年から英語の授業が始まっていますが、英語を習うのは語学力の技術習得です。でも、重要なのは、そこから生まれる外国人と真剣に対話するスタンス、それも積極的なコミュニケーションの展開です。それと同じような展開を、以下述べさせて頂きます。

筑波大学の学生さんとは、私が信頼し、尊敬している白川先生と、筑波大学の卒業生の坂本君(彼とは「声が小さい。」「白黒はっきりしろ。」「周りにあまり気を遣うな。」といつも叱り続けながらも、もう10年近く親交があります。)、この二人を通じてのあなた方とのお付き合いです。もう大学生の皆さんとは4年目に入ります。振り返ると皆様まじめで研究熱心。特に理系の学生さんはデータをまとめる事に関しては、とても優秀だと思います。
でも、人と人の関わりや、微妙な人間関係は目に見えないもの。その人間観察力と自身の表現能力は、今ひとつ欠けているように思います。それに拍車をかけているのがSNSなどの非接触コミュニケーション。それにもうひとつ、筑波大学は、国が目指した理想の「研究学園都市」で、あらゆる施設、研究所、国や民間の施設までが近距離に点在します。そして、筑波大学周りの市民の方々も、生徒達に対しては、優しく温かく見守ってくださっています。しかし、安心しないでください。一歩社会に出ると、そんな理想都市だけではありません。生きていくうえで絶対的長所はありえないのです。

私は、50年前の話ですが、近畿大学に入り、バリバリの体育会系、ワンダーフォーゲル部に入部しました。そこは、1年生「家畜」、2年生「奴隷」、3年生「人間」、4年生「神様」のシステムでした。私は、その抜けられない「理不尽さ」に戸惑いました。でも今考えると、その理不尽に対応する事こそ大人になるスキルだと思えます。だって、異国の世界に4年間滞在しましたが、社会に出てずいぶん役に立ちました。「絶対的短所」も後で役に立ったのです。

今回のシュノーケル教室と大木トオルのセラピードッグ講演は、今、情報化社会で便利になったバーチャルの世界では決して体験できない、からだ全身いっぱい使ってのコミュニケーションのひとつの展開をさせていただきました。この体験で何かを掴んでください。きっと何かの役に立つはずです。

最後に、「彼杵おもしろ河川団」は少しずつ成果も出てきました。皆さまのおかげです。関わる全ての方々のおかげです。ここまで成果を出せたのも、ひとつのスキルです。

本当の主産物は、なぜ、さまざまな立場や年齢、肩書きの違う方々が集合、整列され行動されているのか、考えてください。そう、成果の主産物は技術でもハードでもありません。ソフト、人と人とのコミュニケーション、それが大いなる産物、主要成果です。

また今度皆様とお会いできる日を楽しみにしています。「返事は大きく」「明るい声で」「はっきりと」「動作も若々しく」。それは今後の生きるスキルになります。私達から、「こら!カゲロウ軍団!」と怒られないように、ご注意のほど、よろしくお願いいたします。

池田 健一

千綿駅の東南の方向に赤いポストがあります。

  平成29年3月25日、やっと串川にアユの遡上する(うなぎ、モズクガニ等も呼び戻せる)彼杵式傾斜装置が、多くの方々の協力で設置出来ました。

 思い起こせば、10年前の彼杵川汽水域の清掃から始まったムーブメントが、なぜこんな形になったのか、今回は地元の私達5名、長崎から3名、福岡から3名、東京から1名が手弁当で参加しました。

 私もこの装置を作るのは今回で5台目。全て自作です。
 きっかけは10年前に大学の恩師の何気ないひとこと、「池田さん、汽水域から木戸造橋までは4kmアユは遡上するよ。」このひとことは、とんでもない高い壁でした。見事に先生のいい加減さにはめられました。

 まず、1番目の魚道に立ちはだかる垂直の農業用水確保の利水板(角おとし)、この垂直の壁の解決の為、知恵と勇気を出し合い、3年前に特許の登録完了。
 そして2番目は、彼杵川3番目の魚道の「呼び水(川の登り口を魚たちに知らせるサイン)」の問題解決の為、2年前、県の河川課の担当者の方にミニ改良工事をしていただきました。それが完了すると、次に木戸造橋までに立ちはだかる1mくらいの堰、2ヶ所。今回はその改良の為に場所を変えて、1m近くの堰のある串川に私たちはチャレンジしました。

 私はモノ(キャンピングカー)を作り、お金を頂き生活しています。でも、このムーブメントは、皆さんを含め、私も代金はまだ回収不能。私のベストパートナーの国交省の職員さんは、7年間福岡から交通費未回収、なぜ未回収を続けるの。それは、川の先住民の生き物に触れたからです。

 当方は毎日彼杵川の3ヶ所の魚道を犬の散歩で見続けていますし、夏になれば目の前の汽水域や川、そして少しでも川や海の生き物とのアイコンタクトをしたいが為に、海にもう30年以上シュノーケルで、ダイビングで泳ぎ続けています。

 現在も、その体力保持の為に人から見たらばからしい事を続けています。
 「お父さん、お風呂で毎日何をやってるの」「息をどれだけ止められるか訓練だよ。」そして週に2回、胸式呼吸、肺活動を増やすため、プールに通い続けています。

 短水路(50m)の記録は、リオ五輪の水泳選手、池江璃花子さんの24秒、これを25mに直すと12秒、私はやっと彼女の6倍遅いリズムで短水路(25m)息継ぎなしの無呼吸クロールで、最初は30秒、次に36秒、38秒、58秒、66秒・・・そして3月の中ごろにやっと72秒を達成しました。今では楽々です。なぜ72秒なのかは、これもばからしいと思われますが、足ひれ(フィン)をつけると、6倍の泳力が生まれますので、今のままで6倍72秒は12秒に短縮できるし、それを無呼吸(水の中)で泳ぐこと、それが目的です。家の風呂もプールも、あくまで、肺活量アップの訓練です。

 なぜそんな事を続けるのか、それは、海が、魚が大好きだからです。
 今の目標は、千綿駅の向こうの海によく現れる大村湾のスナメリさんと一緒に水中でゆったりと泳ぐことです。

 千綿駅の東南の方向に赤いポストがあります。
 お日様の光が優しさに変わったとき
 風が海の香りを運んでくれたとき
 海が波に託して万感のリズムを刻んだとき
 東南の方向に赤いポストが現れます。
 そのポストには、海への想いを、願えばスナメリさんが取りに来てくれます。
 それは、川の生き物にも届けてくれます。

 だって、川のアユさんのふるさとは、海、海の母親は森と川でちゃんとつながっています。
海と川と私たちも、太古の昔から。

 そうそう、おもしろ河川団のみなさま、未回収の請求書は、千綿駅の赤いポストから出してください。きっと、紙や金属のお金という形を変えて海から返信が戻ってきます。 

 最後に、筑波大学白川ゼミのみなさま、「Bay Of Mermaid 湾の生き物の笑顔」作詞、作曲も完成したら赤いポストへ投函してください。

by 池田健一

東彼杵町での経験を全国の川づくりへ

私が事務局を務める日本河川・流域再生ネットワーク(JRRN)が2016年11月に設立10周年を迎えました。かつての美しい自然豊かな川、地域に親しまれ愛される川を復活させようと奮闘する全国の河川再生の担い手を技や知で応援するには何ができるのか? 設立当初は一方通行の情報発信から始まり、試行錯誤しながらのあっと言う間の10年間でした。
私と東彼杵町との出会いは2013年11月に東京で開催された「いい川・いい川づくりワークショップ」。その翌月には、JRRN設立当初から様々な応援を頂き協働してきた筑波大学白川直樹研究室と共に東彼杵町を初めて訪問し、町内の豊かな自然の魅力、そして地元の方々の人柄と熱意に共感し、気が付けば東彼杵町での協働活動も4年目に突入しました。


「元気な地域づくりに河川はどう貢献できるのか?」

これが私の所属する(株)建設技術研究所国土文化研究所における現在の研究テーマです。10年に渡るJRRN事務局の運営経験も活用しながら、地域活性化に水辺はどう役立つのか、元気な地域づくりに寄与する川づくりのあり方について日々考えを巡らせています。
この様な研究テーマに取組む覚悟できたのも、そして、きっと川が地域の元気に貢献できるに違いないと確信できたのも、彼杵おもしろ河川団でのこれまでの協働経験があったからに違いありません。
川づくりの基本は、自然との対話、そして人との対話。東彼杵町の宝である豊かな水辺と触れ合い、更に熱意と温もり溢れる彼杵おもしろ河川団メンバーと共に汗を掻きながら、全国の河川再生の担い手を勇気づける様な実績とメッセージをここから発信していければと考えています。

(日本河川・流域再生ネットワーク/国土文化研究所 和田彰)

(公財)日本釣振興会の活動

 日本は寒流の親潮(千島海流)と暖流の黒潮(日本海流)がぶつかり合っていることから、世界有数の水産資源を持つ国です。周囲は海に囲まれ6852もの島やリアス式海岸により、釣りは昔から日本人にとって欠かせないレジャーの一つとなっています。
 しかし、資源は限りあるものですのですから、生き物の住める環境を改善するとともに捕獲も未来のことを考えて行う必要があります。
 私の所属する(公財)日本釣振興会では、魚釣りを楽しんでいけるため、魚族資源の保護培養、釣り場環境の整備保全、釣りに関する知識の普及、啓発に必要な活動を行っています。主な事業活動は「放流事業」「水辺環境美化保全事業」「釣教育・釣振興事業」「釣りマナーと安全対策の啓発事業」等です。一般の釣り人や、釣具店・メーカー及び釣り関係団体等が会員になり、会員の会費や寄附で運営され、全国でボランティア活動を行っています。


■魚族資源の保護・増殖活動
 稚魚放流、アオリイカの産卵床設置、ヤマメの親魚放流試験、マブナ(ギンブナ)の種苗生産等を行っています。
 平成 27 年度は海水面約 66 か所においてカサゴ、クロダイ、ヒラメ、マコガレイ、マダイ、メバル、キジハタ等 34 万尾の放流を行いました。内水面では約 34 か所でニジマス、アマゴ 4.7 万尾、ウグイ、マブナ、イワナ、ヤマメ、ヘラブナ等約2,500 キロ、ワカサギ、ヤマメの発眼卵を約 230 万粒放流しました。

■水辺環境の維持・保全活動
 水中清掃、全国一斉清掃、 釣り場の清掃活動を実施しています。
 中でも毎年10 月第3日曜日に開催している「水辺感謝の日」は、北海道から沖縄まで、127 か所で約 8,800 人が参加して水辺の清掃活動を行いました。

■釣り体験学習
 小学校や、民間のプールなどを利用し、ニジマスやヤマメの釣り体験学習を行っています。福岡県芦屋町の流水プール「アクアシアン」では平成28年度は40人の日本釣振興会スタッフにより、1000人以上の方にニジマス釣りの体験をしていただきました。

川辺川

 熊本県五家荘。九州脊梁を分水界とし、東に向かう水は宮崎県椎葉へ下り耳川の流れとなり、西へ流れる水は標高1662m五勇山のブナ原生林の間を流れ、樅木川となり、五家荘で名を川辺川へと変えます。
 この川辺川は、国土交通省の「BOD 値による河川の水質状況(水質が最も良好な河川)」でトップ15にランクインしています。調査開始以来過去10年間選ばれているのは、日本で唯一この川だけであり、文字通り日本一の清流です。
 この渓には、マダラと呼ばれる特別な模様を持つヤマメが存在しています。ヤマメが再生産している最後の秘境。
 どんな支流に入ってもたくさんの魚たちが竿を曲げてくれ、魚に遊んでもらうことができます。

20160703_113715_00 さて、放流したアユは海水に馴染めず死滅すると言われます。
 放流を必要とする理由は、放っておくと資源(生き物)が枯渇するからに他なりませんが、養殖した魚を放ち続けていても川は生き返りません。
 ある生き物の恒常性を損なう原因が人が作り出したものであるとすれば、単に一種の魚を放流してもうまく食物連鎖は行われません。
 もし、魚たちが自らの力で再生産ができないのであれば、それは生き物が生活できない要因があり、多くの生き物たちと共存できる方法を検討する必要があります。それは人為的な要素以外にも、自然の要因も考えられます。生産が行われた場合はそこに住む生き物が生活できることになったことの一つの証明となります。
 川は大きな自浄作用を持っています。生き物が育たない現況に対し手をつくした上、「魚」の観察を川の健康の目安として地道な努力を重ねていきたいと思っています。


 釣りをしていると、清流漁たちの健康状態がとてもわかります。
起きた問題点の対応を行うばかりでななく、将来を担う子どもたちに、「釣り」という遊びを通して、自然を丸ごと体験してもらい、予防をすることこそが、自然を蘇らせるために何より大切なことと信じています。

遠賀川

 福岡県の北九州市、直方市、中間市、遠賀郡を流れる一級河川の遠賀川。鮭が遡上する川として名前を知られています。  以前は石炭の選別使った水や生活用水が排水され、生き物が棲めないほど汚染された悪名高い川でしたが、水質は改善し、現在は流域と行政が連携してさらなる改善に取り組んでいます。
 以下、遠賀川が取り上げられていますのでご覧ください。

国土交通省 平成27年全国一級河川の水質現況(平成28年7月11日公表)



福岡県遠賀郡岡垣町矢矧川

 昔、子どもといっしょに近くの小川のホタルに興味をもったことがありました。
 その小さな小川は、春になるとたくさんのホタルが舞い、丘から見るとイルミネーションが点滅し、まるで地表の天の川のように見えました。しかしわずか数百メートル下り、流れが小さな街の中心にさしかかると、水は濁り、泡立ち、ホタルの姿はどこにもありません。
 わずかな環境の違いで生き物が棲めなくなる原因は何だろう?
 その疑問を解きたく、子どもに協力し調査をしてみました。毎日水質を測り、ホタルの数を定点観測を続けた頃を思い出します。
 その時の貴重な体験以降、次男は自然に対する強い意識を持っています。その川は現在上下水工事が行われ、現在では街中でホタルが観察できるようになりました。


シュノーケルとアイコンタクト,田中正造について

 来春、白川ゼミ(筑波大学)にまねかれて、大学のダイビングプールでシュノーケリングとダイビングの講習に出かけます。
 当方は66才。「ちゃんとしたレクチャーをせねばならぬ、みっともない体の動きをしてはならぬ」と思って、現在大村のプールに週2回通って体を鍛えています。25m プールを無呼吸で泳ぎ、さらに 500m を泳ぐ事を目標にしています。
 なぜ、シュノーケルの講習を行うことに至ったのかでしょうか。
 きっかけは5年前の秋、東京代々木で開かれた「いい川、いい川づくり」ワークショップの川の活動発表の全国大会に、当町首長、まちづくり課、しじみ愛護団体、私の7年前からのパートナーである国交省の中島さんと参加しました。
 その際に10年前から親交のある、筑波大学生の坂本君の紹介で白川研究室にお会いしたのがスタートです。
 そして白川さんに、「あなたのゼミの研究は”人と川”、今は直接の利にはならないけど、人と川に、そこに住む”先住民、川の生き物”を入れないのはおかしい、あなたを研究者として育ててくれた恩師は、平成9年の河川法の制定に力を尽くされた方でしょう。河川法に定義されている、利水(河川法定義前は、この項目のみ)と、環境保全とちゃんと決められているでしょう。環境保全は人間以外の川の生き物の暮らしを守る事でしょう」
 そんな事を、その時にお伝えしたと思います。

 白川さんは、それに答えられ、5年前の冬、筑波の夏合宿の事前打ち合わせに筑波から来られ際、海水パンツをはかれて、冬の川にザブン、「川の生き物は見つかりましたか」、「いえ何も」、「もっと鍛えてください」。
 ・・・あのシーンは私の中にズンズンと入りこみました。

 それから4年前の夏合宿、ゼミチームは朝から東彼杵の川を回られるので、その前にと思い、国交省の中島氏と以前話していた垂直の壁。
 それは、農業用水を引くために利用している、角(垂直)落としと呼ばれる、脱着式の厚い板なのですが、それを川の生物が登りやすいように三角形にして傾斜を緩和しようと、話が始まっています。

  この企画は、利水板(角落とし)付属傾斜装置という名称で、将来公益として使えるように、実用新案登録を白川研究室に取得していただきました。 あれから3年を経過して、現在はその利水板が、全長30mほどのコンクリートでできた「堰」と呼ばれる水流を止めたり調節したりする場所に設置されました。一方で、堰は50年前には想定されなかった、今のゲリラ豪雨や長引く少雨、安定しない川の水位と水量の環境変化に対応できていません。そうした状況の中で、川の中や水の流出口に作られたこの1m前後の利水板が少しでも寄与できたらと、私たち全員で知恵を出し合い、実験装置を組み立て、春の川の生物の遡上時期にワクワクしながらワイワイと集まり、生物の観察を少年少女に帰って楽しめるようになりました。
 魚が遡上しにくいので三角形が良いと思い、朝4時に起き、工場で利水版につける三角モデルを作り、7時にモデルを持参し、このモデルの「特許か実用新案をそちらで出してください」とゼミチームにそう言いました。
 はじめは、何のことか、とまどわれた様子でしたので、続けて話しました。
 「以前お話したでしょう、「人と川」の研究に終始して「生き物の声」を入れない研究ならしないほうがマシでしょう。」
 「あなた方は、田中正造さんを知っていますか?足尾鉱毒事件に携わった田中さんは時の総理大臣、大隈重信の庭に鉱毒におかされた川の汚染水を桶にいれて背中に抱えて何度も庭にぶちまけられた。そのくらいの気骨を持って下さい。」そんな事を話したのを覚えています。   今振り返ると、あの合宿の場で、なりふり構わず高圧的に無礼な態度を取ったことを、今は反省しています。   ちょうどその前の年の夏に高温・少雨・ゲリラ豪雨があり、遡上してきたアユが気になってしょうがなくなり、何度も彼杵川で水中メガネを付けて彼らに目をあわせると共に、川を遡上した際の異常気象に追い立てられるアユが心配で心配で、その気持ちを引きずって彼らの代弁者として振舞ったことをご理解いただけたらと思います。

 それを白川ゼミが受け入れられてからどうすればこの町に川の活動を理解してもらえるかをみなさまと考え続け、

  • 理屈やデータも大事ですが、人の感性をゆさぶる里山や川や海の歌をつくろう
  • アユだけではなく他の生物のシジミやドジョウも育てよう
  • 8年続けてきた小学校の総合学習を深く広げよう。

 そんな事が少しずつ広がり、その副産物として地域が元気になってきました。
 でもその原点は平成9年に改正された河川法の項目、環境保全これはそこに住む生き物との共生も含まれます。
 「川の生き物は声が出せません」何のメッセージも発することは出来ません。
 ならば彼らとフェイストゥフェイスで彼らの目を直視して下さい。
 ちゃんとしたアイコンタクトをして下さい。
 そのためのシュノーケルとダイビングの講習です。しっかり学んで下さい。
 そして、あなた方若い研究者が研究の道に進まれても、社会に出られたからも川や海にすむ生き物の声を、あなたがたが代弁してください。
 私は66才の老人ですので。
 その川のシンボルが、アユ、里山のシンボルがドジョウやホタルやシジミです。
 その川の流れる、日本の代表的な閉鎖性海域の海のシンボルがイルカの仲間スナメリです。
 これは、10年20年30年続くムーブメントに持っていかねば意味がありません。

 私たちの目標は大村湾に、豊かな元気な海を少しでも、少しづつでも取りもどす事。スナメリは「ベイオブマーメイド」「大村湾のかわいい笑顔の人魚姫」
 考えるだけでも私たちも元気になりますし、その元気は大村湾の湾岸の人たちにきっと伝わります。
 そうそう、ベイオブマーメイドの歌を、「東彼杵なつやすみ」に続いて、できるだけの力を振り絞り、作ってください。

 「東彼杵なつやすみ」若い学生チームで、自分たちでお金を出し合い、スタジオを借りて動画まで作ってしまう。
 私は、いつもあなた方に、ときにはゲンコツを食らわせ、時には頼りないカゲロウ軍団とよくしかりつけますが、あなた方は20代の若さで見事でした、感服します。今度はベイオブマーメイドしっかり作ってください。
 私たちおもしろ河川団のメンバー全員、今、直接の利を得る人は誰もいません。遠い将来の夢を追いかける事で、全員が元気に、そして人を生き物を元気にできたらと思います。
 最後に江戸時代の商人の言葉(メッセージ)、「商人は利を追うべからず、先(セン)を追うべし」。
 先とは、夢、未来、希望の事です。「おもしろ河川団」に関わられる」民間のコンサルタントの方々、コーディネーターの方、国、県の河川行政の担当の方、筑波大学ゼミチーム、東彼杵町、すべて、手に入る利は誰にもありません。
 全員で夢を追いかける事で、それが各々に伝播し、全ての人が元気になり、その元気がまた他の方々に伝播し、その結果心が豊かになり、海が元気になればと考えております。 

池田 健一

おもしろ河川団の活動

 「おもしろ河川団」4年前は、河川団に関与される方々、当方を含めて、全ての人が「何をやろう」「どんな展開を計画しよう」という段階で、はっきりしたアイデアは、誰も浮かんでいなかったと思います。
 今回のHPの作成により、関与される全ての方々が、はっきりした目的意識を持たれて、「わたしもやってやろう」そんな展開に及んだことは間違いの無いことだと確信します。
 まずは、今回のHPを立ち上げられた(公益財団)日本釣振興会の五十嵐さんに感謝申し上げます。

 私は、担当が「水辺のキャンプとシュノーケル」をさせていただいていますので、それについての目的、方向性、今後の展開を、以下述べさせていただきます。河川団のみなさまの参考になれば幸いです。
 来春、筑波大学、白川ゼミに招かれてシュノーケリングの指導に出かけます。その際に若い学生さんや参加される方たちに向けて、私からのメッセージという形でお伝えします。

①はじめに、私が当方の息子と娘に伝えた事からスタートします。
 当方は自分の子どもたちが社会人となるまで、まともな会話はしていません。
 コミュニケーションとしての会話は、かみさんに全て任せて「家族には不自由な暮らしをさせてはならぬ」と、ただそれだけは守ってきました。
 クラス会も運動会も、子どもの行事ごとは無関心。父親はしっかり働くだけでいいと休日も自分の好きなことしかしませんでした。それに、家族につきあってもらい、得意なフィールドで遊んだりする“家族サービス”しかしていません。ちゃんとした会話は出来ず、子どもとは「生物の仲間」として接してきました。
 「学校はたまにはサボれ」と、学校を休ませ、しばしば家族全員でオートキャンプの旅に出かけていました。
 それに、こんなこともやっていました。夜、暗くなってから、頭は手ぬぐいで頬かむり、白っぽい長袖、長ズボン、長靴スタイルで、小学生の息子と夜の森へ出かけます。
 オール白のウェアはスズメバチに刺されないように、長靴はマムシに噛まれないように。
 そんな完全武装で何をしていたかというと、カブトムシやクワガタ採りです。採集したカブトムシとクワガタの為の大型木製ケースも作りました。

 娘とは、小さいときからすぐ近くの海へシュノーケリング、当時防水カメラがなかったので、使い捨てのカメラで、水中写真を撮って、サザエやトコブシを「ゲットしたぞー!」と、こんな収穫の思い出がお互い心に焼きついています。
 彼女は一時、アクアラングをやっていましたが、又一番シンプルなシュノーケリングへ戻り、オフの時はプールにはまっています。

 今息子は社会人になって、またちがった彼のスタイルで、1人、または2人で暇があれば、海や川へルアーフィッシング(これはシンプルだけど奥の深い釣り手法です。)を趣味としています。
 当方の家に帰ったときも、朝5時ごろ起きて、そのぎ川へ、チヌやスズキのルアーに出かけています。
 何も釣れなくても、それを今後の反省材料にしています。
 子どもの頃のカブトムシとクワガタが、今はルアーフィッシングに展開しています。娘はニュージーランドで働いていますが、現地の彼と、夏になればビーチへ、そしてプールに泳ぎにしょっちゅう出かけているようです。

 そんな訳で、今は二人とも職業を持った社会人になってくれて、対等な会話が出来るようになったので、子供の頃は「ただの生き物」として接してきましたが、現在は“人“としての会話を含めた付き合いができるようになりました。
 今は、お互いのフィールドの遊びの話で大人の会話が弾みます。
 おこがましいと思われるかもしれませんが、振り返ると、自分の子どもとは、一緒に楽しくフィールドで遊びながら伝える、それが私の意志の伝達の手法でしたので、同じような伝え方を皆様にもさせていただきます。
 筑波大学でのダイビングスクール、私もあなた方も「生物の一員」そう考えてください。

②シュノーケリング技術の要は3つあります。
 A-「フィンは足で動かさない。」体全体を鞭のように「イルカのように」しなやかに動かしてください。
 B-水中に入るときは「ジャックナイフ」のイメージ。はじめは水面に平行。次に頭を垂直に入れ、それと同時に、「カチっ」というイメージで足を先に向けて、また一直線に水中に向かう。それが「ジャックナイフ」です。
 C-競わない。リラックスして水中で生き物と対面すること。

③最後に、何故シュノーケリングが今の環境の変化に対するささやかな意志の伝達につながるのか、私一個人の意見としてお話します。
 彼杵小学校藤原校長先生からお聞きした、北海道の旭山動物園の園長さんのお話です。
 「たまには学校をサボって家族で思い出を共有する旅に出よう」なんて失礼なことを述べました。
 お詫びのつもりで代筆させていただきます。園長さんの言葉、「これまで人間が、人間以外の生き物の為になったものなんて何があるの、冷蔵庫、テレビ、エアコン、何もない。」そのフレーズが頭の中に入り込みました。
 いくら考えても、植林以外何もない。その言葉を私なりに咀嚼し、どう伝えていくのか、その手法が「シュノーケリング」です。
 川や海の生き物と同じ目線で、顔を合わせる。“Face to Face”です。そこから彼らの暮らしぶりに思いを馳せる。
 すると必ず「彼らの住んでいる海や川が濁ってしまったとき、彼らはどうしているのかと想像するようになります。
 そして、便利になった人間の暮らしのせいで、腹を浮かべて死んでいる魚や生き物を見ると、心がナイフでえぐられるような、そんな思いが自然と生まれてきます。
 そんな感性を、あなた方が次の世代の子ども達に伝えてくれること、社会に出て、結婚して、子どもを持っても、独身を通しても、「腹を浮かべて死んでいる魚や生き物を見ると、心がナイフでえぐられるような」感性を伝えて欲しい。
 それが川や海に関わって頂ける、白川ゼミの皆様への、あなた方へのメッセージです。