シュノーケルとアイコンタクト,田中正造について

 来春、白川ゼミ(筑波大学)にまねかれて、大学のダイビングプールでシュノーケリングとダイビングの講習に出かけます。
 当方は66才。「ちゃんとしたレクチャーをせねばならぬ、みっともない体の動きをしてはならぬ」と思って、現在大村のプールに週2回通って体を鍛えています。25m プールを無呼吸で泳ぎ、さらに 500m を泳ぐ事を目標にしています。
 なぜ、シュノーケルの講習を行うことに至ったのかでしょうか。
 きっかけは5年前の秋、東京代々木で開かれた「いい川、いい川づくり」ワークショップの川の活動発表の全国大会に、当町首長、まちづくり課、しじみ愛護団体、私の7年前からのパートナーである国交省の中島さんと参加しました。
 その際に10年前から親交のある、筑波大学生の坂本君の紹介で白川研究室にお会いしたのがスタートです。
 そして白川さんに、「あなたのゼミの研究は”人と川”、今は直接の利にはならないけど、人と川に、そこに住む”先住民、川の生き物”を入れないのはおかしい、あなたを研究者として育ててくれた恩師は、平成9年の河川法の制定に力を尽くされた方でしょう。河川法に定義されている、利水(河川法定義前は、この項目のみ)と、環境保全とちゃんと決められているでしょう。環境保全は人間以外の川の生き物の暮らしを守る事でしょう」
 そんな事を、その時にお伝えしたと思います。

 白川さんは、それに答えられ、5年前の冬、筑波の夏合宿の事前打ち合わせに筑波から来られ際、海水パンツをはかれて、冬の川にザブン、「川の生き物は見つかりましたか」、「いえ何も」、「もっと鍛えてください」。
 ・・・あのシーンは私の中にズンズンと入りこみました。

 それから4年前の夏合宿、ゼミチームは朝から東彼杵の川を回られるので、その前にと思い、国交省の中島氏と以前話していた垂直の壁。
 それは、農業用水を引くために利用している、角(垂直)落としと呼ばれる、脱着式の厚い板なのですが、それを川の生物が登りやすいように三角形にして傾斜を緩和しようと、話が始まっています。

  この企画は、利水板(角落とし)付属傾斜装置という名称で、将来公益として使えるように、実用新案登録を白川研究室に取得していただきました。 あれから3年を経過して、現在はその利水板が、全長30mほどのコンクリートでできた「堰」と呼ばれる水流を止めたり調節したりする場所に設置されました。一方で、堰は50年前には想定されなかった、今のゲリラ豪雨や長引く少雨、安定しない川の水位と水量の環境変化に対応できていません。そうした状況の中で、川の中や水の流出口に作られたこの1m前後の利水板が少しでも寄与できたらと、私たち全員で知恵を出し合い、実験装置を組み立て、春の川の生物の遡上時期にワクワクしながらワイワイと集まり、生物の観察を少年少女に帰って楽しめるようになりました。
 魚が遡上しにくいので三角形が良いと思い、朝4時に起き、工場で利水版につける三角モデルを作り、7時にモデルを持参し、このモデルの「特許か実用新案をそちらで出してください」とゼミチームにそう言いました。
 はじめは、何のことか、とまどわれた様子でしたので、続けて話しました。
 「以前お話したでしょう、「人と川」の研究に終始して「生き物の声」を入れない研究ならしないほうがマシでしょう。」
 「あなた方は、田中正造さんを知っていますか?足尾鉱毒事件に携わった田中さんは時の総理大臣、大隈重信の庭に鉱毒におかされた川の汚染水を桶にいれて背中に抱えて何度も庭にぶちまけられた。そのくらいの気骨を持って下さい。」そんな事を話したのを覚えています。   今振り返ると、あの合宿の場で、なりふり構わず高圧的に無礼な態度を取ったことを、今は反省しています。   ちょうどその前の年の夏に高温・少雨・ゲリラ豪雨があり、遡上してきたアユが気になってしょうがなくなり、何度も彼杵川で水中メガネを付けて彼らに目をあわせると共に、川を遡上した際の異常気象に追い立てられるアユが心配で心配で、その気持ちを引きずって彼らの代弁者として振舞ったことをご理解いただけたらと思います。

 それを白川ゼミが受け入れられてからどうすればこの町に川の活動を理解してもらえるかをみなさまと考え続け、

  • 理屈やデータも大事ですが、人の感性をゆさぶる里山や川や海の歌をつくろう
  • アユだけではなく他の生物のシジミやドジョウも育てよう
  • 8年続けてきた小学校の総合学習を深く広げよう。

 そんな事が少しずつ広がり、その副産物として地域が元気になってきました。
 でもその原点は平成9年に改正された河川法の項目、環境保全これはそこに住む生き物との共生も含まれます。
 「川の生き物は声が出せません」何のメッセージも発することは出来ません。
 ならば彼らとフェイストゥフェイスで彼らの目を直視して下さい。
 ちゃんとしたアイコンタクトをして下さい。
 そのためのシュノーケルとダイビングの講習です。しっかり学んで下さい。
 そして、あなた方若い研究者が研究の道に進まれても、社会に出られたからも川や海にすむ生き物の声を、あなたがたが代弁してください。
 私は66才の老人ですので。
 その川のシンボルが、アユ、里山のシンボルがドジョウやホタルやシジミです。
 その川の流れる、日本の代表的な閉鎖性海域の海のシンボルがイルカの仲間スナメリです。
 これは、10年20年30年続くムーブメントに持っていかねば意味がありません。

 私たちの目標は大村湾に、豊かな元気な海を少しでも、少しづつでも取りもどす事。スナメリは「ベイオブマーメイド」「大村湾のかわいい笑顔の人魚姫」
 考えるだけでも私たちも元気になりますし、その元気は大村湾の湾岸の人たちにきっと伝わります。
 そうそう、ベイオブマーメイドの歌を、「東彼杵なつやすみ」に続いて、できるだけの力を振り絞り、作ってください。

 「東彼杵なつやすみ」若い学生チームで、自分たちでお金を出し合い、スタジオを借りて動画まで作ってしまう。
 私は、いつもあなた方に、ときにはゲンコツを食らわせ、時には頼りないカゲロウ軍団とよくしかりつけますが、あなた方は20代の若さで見事でした、感服します。今度はベイオブマーメイドしっかり作ってください。
 私たちおもしろ河川団のメンバー全員、今、直接の利を得る人は誰もいません。遠い将来の夢を追いかける事で、全員が元気に、そして人を生き物を元気にできたらと思います。
 最後に江戸時代の商人の言葉(メッセージ)、「商人は利を追うべからず、先(セン)を追うべし」。
 先とは、夢、未来、希望の事です。「おもしろ河川団」に関わられる」民間のコンサルタントの方々、コーディネーターの方、国、県の河川行政の担当の方、筑波大学ゼミチーム、東彼杵町、すべて、手に入る利は誰にもありません。
 全員で夢を追いかける事で、それが各々に伝播し、全ての人が元気になり、その元気がまた他の方々に伝播し、その結果心が豊かになり、海が元気になればと考えております。 

池田 健一

彼杵小学校の学びについて

彼杵小学校 校長 藤原 正

 『今年3月、音琴小学校の閉校式で、高校生が、「閉校は残念です。自分の子供も音琴小に通わせたかった。でもいつか僕らが復活させます。」と話しました。全員の誕生日を祝いあい、落し物は、記名がなくても誰もが分かる。そんな安心感あふれる少人数教育のよさがある一方、社会は大きく変化し続けています。これまでの当たり前が、決してそうではなく、何がいつ起こっても不思議ではい。そんな中、大楠、音琴、彼杵、各地域の皆さんのこの学校統合への願いは、決して経済的なことではなく、一人一人の子供たちが、これからの地域社会を動かすエンジンになるために、厳しい挑戦の時代を乗り越え、高い志や意欲を持つ自立した人間として成長させることでした。これを全職員が胸に刻み、「そのぎごおりの そのぎまち その名を負いし学び舎に」校歌の歌詞にあるよう、地域を愛し、そして将来「地図に彼杵を指さして、我らはここに育ちぬと世界に誇る」そんな彼杵っ子の育成を目指すべく日々の教育に当たっています。皆様方に、これまでの各学校教育へのご理解ご協力への感謝を述べますとともに、これからはオール彼杵として全ての子供たちに温かい眼差しをかけていただきますようお願いします。』

 本校は今年4月から、町内2校と統合し、「新・彼杵小」として出発した。統合記念式典での校長の言葉である。統合により、児童数の増加はさほどでもないものの、校区の広さは一挙に3倍、地域の方々の思いもそれに比例する。新彼杵小の学校経営はその思いに応えるものでなければならない。

★総合的な学習で

 それぞれの学年で地域の方の協力や指導をいただいているが、特に「彼杵川に鮎を」「スナメリ遊ぶ大村湾に」と彼杵川浄化に取り組む地域の方々とともに学ぶ四年生の学習を紹介する。「だいすき!彼杵川」のテーマのもと、地域の「彼杵川おもしろ河川団」の方々との学習である。

6月 遠賀川水辺館での学習

 オリエンテーション。九州有数の長さを持つ遠賀川、はるか昔から沿岸の人々の暮らしを支え、愛されてきた遠賀川、水生生物や川での遊び方やその危険性などを、身をもって学んだ。これからの学習のいい参考にできた。なお、この学習に関わっての交通費は、地域の方々の斡旋により、町の事業として捻出していただいた。

10月 彼杵川の鮎の学習

 地域、国交省、大学などたくさんの機関の皆様と行った。「鮎の一生」の講話を聞き、川に入り産卵場を作る。たまたま一般の地域の方がとった鰻を見せてもらい、「うわーヌルヌルする~」触らせてもらう経験も。鮎を実際に捕まえる目的も果たせた。「彼杵川が好きで、川に関わることが楽しくてしようがない」という地域の方々とともに学ぶ子供たち、いい学習をさせてもらっている。同じく十月後半には、婦人会の皆様とともにEM団子を作り、彼杵川へ。その後の水生生物調査では、彼杵川は、「きれいな川に住む生物がみられる」結果であった。

11月 学習発表

 昨年11月、第15回九州「川」のワークショップin諫早「伝えて・つなぐ!みんなのよか川」で、「だいすき!彼杵川」を4年生の代表として10名の子が発表。「~僕は彼杵川に住む鮎太郎、今度妻の鮎美が産卵しました。紹介します~」明るく元気のいい声に、会場の誰もが思わず聴き入る。限られた発表時間の中で、要領よくユーモアを交えながらの発表の結果は、何と大人も含めた五十三団体の中でグランプリ。(参加者全員の投票によるもの)『九州の川の活動の中で「一番良かった!」ということで、これは本当に凄いことですよ』とお世話になっている国交省の方から褒めていただいた。その後も県内外の子供たちと、名刺交換などの交流もでき、ちょっぴり疲れたけど、とてもいい経験ができた。

 その他、3年生は特産の「茶」、5年生は「米」、6年生は「歴史、山」、それぞれに地域の方々とともに学びを深めている。

 「総合的な学習が好き」と答えた児童は六割を超え、全国平均を大きく上回る。課題を追求していく過程を通し、これからも「生きる力」の学力を身に付けさせていく。

おもしろ河川団の活動

 「おもしろ河川団」4年前は、河川団に関与される方々、当方を含めて、全ての人が「何をやろう」「どんな展開を計画しよう」という段階で、はっきりしたアイデアは、誰も浮かんでいなかったと思います。
 今回のHPの作成により、関与される全ての方々が、はっきりした目的意識を持たれて、「わたしもやってやろう」そんな展開に及んだことは間違いの無いことだと確信します。
 まずは、今回のHPを立ち上げられた(公益財団)日本釣振興会の五十嵐さんに感謝申し上げます。

 私は、担当が「水辺のキャンプとシュノーケル」をさせていただいていますので、それについての目的、方向性、今後の展開を、以下述べさせていただきます。河川団のみなさまの参考になれば幸いです。
 来春、筑波大学、白川ゼミに招かれてシュノーケリングの指導に出かけます。その際に若い学生さんや参加される方たちに向けて、私からのメッセージという形でお伝えします。

①はじめに、私が当方の息子と娘に伝えた事からスタートします。
 当方は自分の子どもたちが社会人となるまで、まともな会話はしていません。
 コミュニケーションとしての会話は、かみさんに全て任せて「家族には不自由な暮らしをさせてはならぬ」と、ただそれだけは守ってきました。
 クラス会も運動会も、子どもの行事ごとは無関心。父親はしっかり働くだけでいいと休日も自分の好きなことしかしませんでした。それに、家族につきあってもらい、得意なフィールドで遊んだりする“家族サービス”しかしていません。ちゃんとした会話は出来ず、子どもとは「生物の仲間」として接してきました。
 「学校はたまにはサボれ」と、学校を休ませ、しばしば家族全員でオートキャンプの旅に出かけていました。
 それに、こんなこともやっていました。夜、暗くなってから、頭は手ぬぐいで頬かむり、白っぽい長袖、長ズボン、長靴スタイルで、小学生の息子と夜の森へ出かけます。
 オール白のウェアはスズメバチに刺されないように、長靴はマムシに噛まれないように。
 そんな完全武装で何をしていたかというと、カブトムシやクワガタ採りです。採集したカブトムシとクワガタの為の大型木製ケースも作りました。

 娘とは、小さいときからすぐ近くの海へシュノーケリング、当時防水カメラがなかったので、使い捨てのカメラで、水中写真を撮って、サザエやトコブシを「ゲットしたぞー!」と、こんな収穫の思い出がお互い心に焼きついています。
 彼女は一時、アクアラングをやっていましたが、又一番シンプルなシュノーケリングへ戻り、オフの時はプールにはまっています。

 今息子は社会人になって、またちがった彼のスタイルで、1人、または2人で暇があれば、海や川へルアーフィッシング(これはシンプルだけど奥の深い釣り手法です。)を趣味としています。
 当方の家に帰ったときも、朝5時ごろ起きて、そのぎ川へ、チヌやスズキのルアーに出かけています。
 何も釣れなくても、それを今後の反省材料にしています。
 子どもの頃のカブトムシとクワガタが、今はルアーフィッシングに展開しています。娘はニュージーランドで働いていますが、現地の彼と、夏になればビーチへ、そしてプールに泳ぎにしょっちゅう出かけているようです。

 そんな訳で、今は二人とも職業を持った社会人になってくれて、対等な会話が出来るようになったので、子供の頃は「ただの生き物」として接してきましたが、現在は“人“としての会話を含めた付き合いができるようになりました。
 今は、お互いのフィールドの遊びの話で大人の会話が弾みます。
 おこがましいと思われるかもしれませんが、振り返ると、自分の子どもとは、一緒に楽しくフィールドで遊びながら伝える、それが私の意志の伝達の手法でしたので、同じような伝え方を皆様にもさせていただきます。
 筑波大学でのダイビングスクール、私もあなた方も「生物の一員」そう考えてください。

②シュノーケリング技術の要は3つあります。
 A-「フィンは足で動かさない。」体全体を鞭のように「イルカのように」しなやかに動かしてください。
 B-水中に入るときは「ジャックナイフ」のイメージ。はじめは水面に平行。次に頭を垂直に入れ、それと同時に、「カチっ」というイメージで足を先に向けて、また一直線に水中に向かう。それが「ジャックナイフ」です。
 C-競わない。リラックスして水中で生き物と対面すること。

③最後に、何故シュノーケリングが今の環境の変化に対するささやかな意志の伝達につながるのか、私一個人の意見としてお話します。
 彼杵小学校藤原校長先生からお聞きした、北海道の旭山動物園の園長さんのお話です。
 「たまには学校をサボって家族で思い出を共有する旅に出よう」なんて失礼なことを述べました。
 お詫びのつもりで代筆させていただきます。園長さんの言葉、「これまで人間が、人間以外の生き物の為になったものなんて何があるの、冷蔵庫、テレビ、エアコン、何もない。」そのフレーズが頭の中に入り込みました。
 いくら考えても、植林以外何もない。その言葉を私なりに咀嚼し、どう伝えていくのか、その手法が「シュノーケリング」です。
 川や海の生き物と同じ目線で、顔を合わせる。“Face to Face”です。そこから彼らの暮らしぶりに思いを馳せる。
 すると必ず「彼らの住んでいる海や川が濁ってしまったとき、彼らはどうしているのかと想像するようになります。
 そして、便利になった人間の暮らしのせいで、腹を浮かべて死んでいる魚や生き物を見ると、心がナイフでえぐられるような、そんな思いが自然と生まれてきます。
 そんな感性を、あなた方が次の世代の子ども達に伝えてくれること、社会に出て、結婚して、子どもを持っても、独身を通しても、「腹を浮かべて死んでいる魚や生き物を見ると、心がナイフでえぐられるような」感性を伝えて欲しい。
 それが川や海に関わって頂ける、白川ゼミの皆様への、あなた方へのメッセージです。

 

筑波大学白川研究室の夏期現地訪問(8/27~21)について

数回に渡って,8月17日〜21日に行われた筑波大学白川研究室による現地訪問についてお話したいと思います.

現地訪問は東彼杵町と取り組む受諾研究の一環として行われ,指導教員と学生12名が東彼杵町の水辺の各所を回りました.また,訪問に合わせて「彼杵おもしろ河川団」の皆さんにもご協力いただきました.筑波大学チームは大きく3つに別れて活動しました.

1.「水辺の記憶班」

住民の方が持つ,水辺での想い出,出来事,伝承などを記録し,東彼杵の水辺をアーカイブ化していきます.

2.「ADS(アユ・ドジョウ・シジミ)班」

川の荒廃は海の荒廃につながります.東彼杵の川には昔、アユが多く遡上していましたが,最近数が減ってきました.東彼杵の川を人間遡上し,課題を洗い出し、魚道などの,河川工事に頼らない遡上円滑装置の開発などアユの上りやすい川を追求します.
また、川に流入する水路での,シジミの放流による河川浄化や休耕田を活用したドジョウの養殖などを行い,地場産業化を目指します.

3.「田舎の川点検班」

長崎県は日本一,中小河川の水系(二級水系、準用河川)が多い都道府県で東彼杵町にも小さな川が多く流れています.
このような川は大抵,市町村が維持管理を行っていますが,財政が縮小する中で川の維持管理の実態を管理者にヒアリングを行い,実際に現地を歩いて調査します.
公共空間である川の管理を今後どのようにしていくのが望ましいか考えます.

東彼杵町役場を表敬訪問した際の様子

東彼杵町役場を表敬訪問した際の様子

筑波大学 金子貴洋

第4回グッドライフアワード

 グッドライフアワードとは、環境省が環境に優しい社会の実現を目指し、日本各地で実践されている「環境と射会によい暮らし」に関わる活動や取り組みを募集して紹介、表彰し、活動や社会を活性化するための情報交換などを支援していくプロジェクトです。

 彼杵おもしろ河川団は第4回グッドライフアワードにエントリーしました。

グッドライフアワードのページ

「初めまして、筑波大学の金子です」

初めまして、筑波大学修士2年の金子です。筑波大学白川研究室は「彼杵おもしろ河川団」の皆さんの活動に協力し、また東彼杵の水辺を活かしたまちづくりへの提案を行っています。池田さんからバトンを頂きましたので一筆したためたいと思います。

先日行われた九州「川」のワークショップin遠賀川に、白川研究室の一員として参加してきました。ステージ発表では九州各地(とつくば)から集まった 48 の団体が、3分の持ち時間で日頃の活動・事業について発表しました。当研究室は私達はトップバッターの重役を担い、九州内外で行っている以下の活動について発表しました。

① 研究紹介

・・・研究室の研究内容(現地観測、環境流量グローバルモデル、渇水経済評価、河川市民団体)

② 東彼杵プロジェクト

発表内容:町民の方々に対して行った水辺との関わり方についての調査と、アユ・ドジョウ・シジミによる地域活性化の取り組みについて

③ 遠賀堀川プロジェクト

・・・福岡県遠賀川水系の人工河川である遠賀堀川を、学生の視点で再生する取り組み

発表内容:堀川の歴史的価値を守るべく雨水を利用して水を流す構想について

④ 常総水害対策チーム

・・・鬼怒川氾濫水害(昨年 9月に茨城県・栃木県で発生)時に行った被災状況の調査・ ボランティア活動について

⑤ 水辺で乾杯 in 天の川

・・・国交省が企画する「水辺で乾杯」を、大学構内を流れる人工河川(通称:天の川)で行う取り組み

魚の名前を音楽に乗せて歌う団体や方言を織り交ぜた漫才を披露する団体があるなど、発表の仕方は様々でした。ステージ発表を通して、九州は川に関する活動が盛んであるということを肌で感じることができました。

 

14992010_415126861944656_1052513161658848062_n

※写真は「九州「川」のワークショップin遠賀川」実行委員会Facebookページから引用

「商品を売るなら、物語を作ってください」

 これまで10年間の記録の整理、今後の展開、人との出会い、印象的な出来事、HPがやっと出来上がり、「そのぎおもしろ河川団」も大きく情報発信のスタイルがまとまりました。
 1ヶ月近くで、今回は超ハイスピード、五十嵐さんにつつかれて思わぬ成果が、これから大きく流れます。五十嵐さんは、とことん何かを追いかけられる。そして早い。文章編集担当のまちづくり課、髙島さん、筑波の若い学生さんは画像とデータ整理、それにコーディネーターの和田さんには、いつも全体の流れをまとめてもらっています。
 この「彼杵おもしろ河川団」の外へ向かった情報発信、これから思わぬ、予期せぬ出会いがスタートします。
 何かが起こりそうな、嵐の前の、静けさですが、今、そんな予感がします。

《Have you ever seen the rain》(雨を見たかい)
Someone told me long ago      昔誰かが僕に言ったんだ
There’s a calm before the storm    嵐の前の静けさの事を

20161117094005_001 これは60~70年代のアメリカの大地のにおいをシンプルでストレートに歌い上げた、伝説のロックバンド、CCRクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの曲です。

 当方の仕事は物を作り、その物語「答えは風の中」を書き続け、それで成立しています。
 今回もそうです。基本形はもう出来ていると思っています。今からは、その中身を高めること、物語を書きながら、それに沿った中身にしていくこと、するとムーブメントも成果も充実してきますよ。
 私は今回のHPの展開で、色んな人からアドバイスを頂いて、そんなことを感じました。情報発信はタイムリーにスピーディーに、筑波の学生さん、OBの方、早くこのメッセージに続けて、まずはあなた方からスタートしてください。

第16回九州「川」のワークショップin遠賀川

161112_00  2016年11月12-13日に、福岡県北九州市の黒崎ひびしんホールで、第16回九州「川」のワークショップin遠賀川が開催されました。
 このイベントは、「九州の河川や流域で活動する団体(住民団体・学校・企業など)が、活動発表や意見交換を行い、交流を促進し、次世代の人材育成と流域連携の促進を図る」ことを目的としたものです。
 東彼杵では、彼杵おもしろ河川団、東彼杵清流会、八反田自治会愛護団体の3チームがエントリーし、次のテーマで発表しました。


「バリアフリーな川をめざして」彼杵おもしろ河川団

 10年間、鮎の遡上を追い求めてきましたが、環境激変により、私たちの想像を超えた川の水位の不安定化により、追い立てられる川の生き物を目のあたりにして、現在の川の状況に少しでも対応する手法はないかと皆で考え続け、彼杵式流動調整機能付き簡易魚道のコンパクトモデルを持参し、説明いたしました。


「子どもたちの笑顔に川づくりを託す」東彼杵清流会

 東彼杵清流会が7年間続けてきた、彼杵小学校総合学習の、鮎の生態調査、鮎の産卵場作りを通して、子どもたちとともに理解できたことや、東彼杵町役場と筑波大学、東彼杵清流会が協力して出来た「東彼杵なつやすみ」の子どもたちとの合唱の報告、および筑波大学の本年の夏合宿の報告を行いました。


「川の生き物に地域の活力を託す」八反田自治会愛護団体

 4年前に団体は発足しましたが、スタートは地元の千綿川を流れるホタルの愛護活動でした。そこから多くのセクションのネットワークができて、その結果、加藤登紀子さんに「清流ホタルの郷よ」という曲を作っていただきました。現在はさらにネットワークが広がり、どじょうの増殖を通して地域を元気にする活動を企画し、実現に向けて頑張っていく考えを発表しました。

 

小学校統廃合記念

 「東彼杵なつやすみ」は、大楠小学校と音琴小学校が廃校になり彼杵小学校へと統合される。その記念として製作しました。また、作詞、作曲、編曲のすべてを彼杵おもしろ河川団のメンバーである筑波大学白川研究室の学生が担当しました(以下に経緯を記します)。

〈製作の経緯〉
◆2015年5月:
 東彼杵町訪問時に住民等の関係者より,学校統合記念,もしくは東彼杵町のまちおこしの為の曲づくりの依頼を受ける
◆2015年6月:
 坂本(筑波大学白川研)が作詞
◆2015年6月:
 向田(筑波大学白川研)が作曲
◆2015年8月:
 坂本、向田、小沼(筑波大学白川研)が東彼杵に赴きPV映像を撮影(撮影協力:彼杵おもしろ河川団,東彼杵清流会、東彼杵町役場)
◆2015年9月:
 向田(筑波大学白川研)がバンドverを収録
◆2015年9月:
 有木(筑波大学白川研)が編集
◆2015年10月:
 筑波大学アカペラサークルの協力の元,合唱verを収録
◆2015年10月:
 有木(筑波大学白川研)が合唱verを編曲
◆2015年11月:
 坂本,鴨志田(筑波大学白川研)がPV及びジャケットを作成
◆2015年11月:
 研究室有志の出資によりCD制作(初回盤200枚)
◆2015年11月:
 制作関係者よりCD初回盤を学校及や町役場に寄贈


アウトドアの真骨頂「キャンプ」の楽しみ

 
 東彼杵町には、長崎自動車道のそのぎインターからすぐのところに、安全で親しみやすい里山や、水辺のロケーションに恵まれた絶好のフィールドが広がっています。

 例えば小さな川で、流量の少ない「彼杵川汽水域」は「少年少女カヌー大会」を開くのにベストな川ですし、川が流れ込む大村湾も、波静かで穏やかな優しい海です。
 安全で自然に恵まれた大村湾は、天候の良い日は家族で沿岸に沿って「親子カヌーツーリング」も楽しめます。キス釣り大会やテント合宿なども、少し休みが取れたら、いろんな遊びが皆さんで楽しめる絶好地です。東彼杵に、「こんな宝の地があったのか」と、皆さんにうなずいていただけるように私達は活動を続けています。

カヌーやシュノーケリングや釣りの遊びについて

 「彼杵おもしろ河川団」の目的や方針、目標、生い立ちなど、少しうざったらしくなりました。もっと効率的に伝えるには、「水辺の150807_01中で楽しく遊びながら」その方がきっとわかりやすいと思います。
 年を重ねると、社会経験が「遊び」を邪魔します。体力的にも精神的にも童心に返って遊ぶのは、なかなか難しいもの。でも、世に伝わるのは、一番が「楽しさ」。そこから広がると思うのです。
 考えてみると、その「楽しさの伝播」の伝わりが思わぬ成果をあげています。いつの時代も、理性より感性、感動が世に問いかけてくれます。

 以下そのレポートです。
 「子どもたちが川で、海であそばなくなった。」それをなんとかせねば、と余計なお世話で盛り上がったのが、国交省の中島さん。今年の夏、東彼杵町音琴郷の宿舎の海辺で、ご家族を連れて3回にわたり、カヌーに乗り、シュノーケリングで海に入り、キスを釣って、夜はバーベキュー。なぜかエキサイトされて、全員、童心に返っておられました。

 「人と川」というゼミのテーマで東彼杵町に来られた、筑波大学の白川准教授。
 「なぜ川の先住民、アユやフナやオイカワを入れないのですか。先人に対して失礼でしょう。」と問いました。
 すると、茨城から海水パンツをはかれ、飛行機に乗られ、初めてなのにウェットスーツと水メガネで「ざぶん」と川に入り、震えながらも笑顔の白川准教授に感服しました。

 2年前になりますが、突然、白川ゼミチームの若い学生さん3人が茨城から来町され、虫とり網と虫かごとカメラ持参で、水辺の遊びに取組み、里山の環境に惚れ込み、「東彼杵の夏休み」という曲を製作しました。彼らは学生さんなのに、お金を出し合い、PV(動画)まで製作したのです。
 彼らはやはりすごい。金銭面、時間のやりくりや作詞・作曲・スタジオの手配からCD作成にかかるジャケットのデザインまで見事でした。その感動は彼杵小学校の子どもたちに確かに伝わりました。

 もうひとつは、私の大学のゼミの恩師です。奥さんと息子さん、娘さん2人、小学生3人、中学生1人の9名。先生は足元も覚束無いながらカヌーに乗って、キス釣りに挑まれ、息子さんと娘さんは川辺でシュノーケリング。
 ワイワイガヤガヤと水辺での遊びの中では、年齢も過去の経験も肩書きも棚上げ。子ども達から「じじい、しっかりしろ。ちゃんと魚釣ってよ、キスを釣ってよ」とこちらも泊まりがけで夏の海辺の風景や楽しい思い出を刻まれました。

 公益財団法人「日本釣振興会の五十嵐さんの新たなる参画がありました。彼の参加もまた広がりをみせるでしょう。
 今まで10年間、活動に関与させていただきましたが、そこではっきりとわかったこと、それは、川辺や海辺の遊びは確実に人と人を繋いでくれます。大人になっても老人になっても、水辺や風景は私たちを誘ってくれます。少年少女の頃の好奇心溢れる過ぎ去った記憶に帰してくれます。私たちを輝いた時代に。それが「水辺の不思議な伝播力です。

最近また新しい方との出会いがありました。

○北九州の遠賀郡出身、子どもの頃から50を過ぎた今も、海と川釣りに、アウトドアに明け暮れ、釣りの道具のメーカに勤められ日本の釣り振興と漁族の保護のためのボランティア活動。奥様と共に写真も楽しむ。

~「釣りバカ少年」、五十嵐さん~

○都会からUターンされ、地元の役場に勤められ、「子どもの頃は海でサザエを採り、魚を釣って、海岸で焼いて食べてたよー」とそんな少年の頃の思い出を嬉々として話されていた。きっとUターンの原動力はそこにあると感じました。
~私のスモーキングパートナー高月さん(役場職員)~

 これから、和田さん、柿原さん、荒巻さん、宮川さん、林さん、後城さん、吉永さん、立山さん、江崎さん、高島さん、それぞれの他者紹介を当方も続けますし、今後皆様からのレポートをお待ちしています。
子どもの頃の「思い出探しの旅」はどこが終着駅なのか、どこに進むのか今はわかりません。
「その答えは風の中」
いつも風に舞っています。

これからは、「彼杵おもしろ河川団」生き物でつながるもスタートします

○50年前に、諫早に住んでいた。その頃は大村湾の海でアサリやはまぐりがワンサカ取れた。そんな豊かな川や海へ、「彼杵の川にアユ、大村湾にスナメリ」その言葉に担ぎ出されて見事にペテンにかけられました。
~「当方の大学のゼミの坂本先生」(今はめだかの学校を直方でされています)~

○子どもの頃、佐賀の嬉野で学校から帰ると目の前の川へ、それが彼の「夏休みの学校」、今も子どもたちに、川遊び、さわ登り、魚釣りを伝えられています。
~私のパートナー、意見をとことん交わします。国交省のあゆ好き職員中島さん~

○筑波大学の「川と人」のゼミには「川の生き物を入れない」と伝えると11月の寒さの中、ウェットスーツと水中メガネをつけて初めて入られ、「川の生き物は、何か見つかりましたか」と問いかけると、「いや何も」「何ばしよっとですか、これから訓練を重ねてください」「はい」とブルブル震えながら楽しそうな笑顔が印象的でした。
~柔らかな頭のつくば大学の先生白川さん~

○直方の少年時代は、夏になれば、麦わら帽子と虫取り網、昆虫少年。今は全国の川を120カ所を廻られ、大学生のみなさんとのネットワークを作られている、真面目で面白いことを伝えられています。老人(アナログ)、若者(デジタル)の考え方の境界線、その混じり方、当方にとっての汽水域です。
~若者代表の川系男子坂本くん(筑波大学生)~

「地元彼杵川の汽水域は、海と川と人との合流地点」

 もう40年、目の前の海と川に、シュノーケリング(素もぐり)で通い続けています。
 波静かな琴の海(大村湾)は、琵琶湖の半分の面積、日本海や太平洋に比べると、大きさで言えばプールと洗面器いやサカヅキ位かな、ちっぽけな開錯性海域です。他の海、セブ島や沖縄のダイナミックで真っ青な美しい有名スポットには行った事はありません。長崎の他の海もほとんど・・・。もう1,000回以上同じ海に通い続けています。

 なぜ? たまたま近くにあったから。
 それと、海や川に暮らしている生き物の暮らしぶりに惹かれたからです。

 こちらに移り住んで27年、その大村湾の中でも、1番のお気に入
りは彼杵川と大村湾、川と海の合流地点、汽水域です。川の水(真水)との海の水(塩水)が交じり合う汽水域は、生き物の暮らしぶりの「海と川のテーマパーク」
 波静かな大村湾では、塩水(重たい)真水(軽い)の境界線が、汽水域でははっきり目で見ることができます。一度、あなたも水中メガネをつけて海に入ってみませんか。いろんなことを感じると思います。境界線の下の方には、チヌやスズキやワタリガニ、上の方にはフナやオイカワが共生しながら暮らしています。
「川と海と生き物の観察テーマパーク」です。
 40年、1000回以上同じことを続けていると、皆様より少しは物の見方が違ってきます。40年通い続けて汽水域の様子が何かおかしい、あの頃の豊かな生き物の元気だったころと、何か違うと考えるようになりました。ふとしたことで、地元、彼杵川にアユが30年ぶりに戻ってくるムーブメントに参加させていただき、海や川の専門家や研究者、国や県や地元の行政の方々にお会いできるチャンスに恵まれ、そこから「なぜ海や川の様子が変わったの」その疑問点を少しでも解決しようと、好奇心に溢れた昔の少年少女が集結し、「彼杵おもしろ河川団」が4年前にスタートしました。目指すは、「アユ遡上大作戦」、「ドジョウ、しじみ大作戦」「大村湾に元気なスナメリ大作戦」を少しずつ、少しずつ広げて行きます。

彼杵小学校4年総合学習内容

p8201328b 彼杵おもしろ河川団では、毎年、彼杵小学校の4年生を対象にアユの遡上に関する学習会を開催しています。

161109_00 国土交通省の中島氏が子どもたちのためにレジュメを作成し、アユの一生や習性を伝えています。

 自然に対する関心をたかめるための啓蒙活動のひとつです。

 


【平成28年度】

 

産卵場のつくり方

 アユが産卵しやすいよう2mm四方程度の場所を決めて、大きな石を取り除き、10~20cm程度の石と砂利が混じっている河床を作りました。

海と日本プロジェクト

 「海と日本プロジェクト」に参加し、”海の遊びでつなぐ大村湾” ”歌でつなぐ大村湾” ”里山、川、海の生き物でつなぐ大村湾” をテーマに豊かな大村湾を紹介します。

日本財団 海と日本プロジェクト2016

しじみ養殖の取り組み

160818_01 
 昔の田圃や水路に多くのシジミは豊富に住んでいましたが、人間の便利さの追求により、いつしか追いやられてしまいました。

 シジミやあさりなどの二枚貝は、天然の「水フィルター機能」を持っています。シジミを増やす事でシジミ汁などの料理も可能ですが、天然フィルターのシジミが増える事で、驚くほどの水質浄化機能を果たしてくれます。

 ドジョウの「水源涵養」それにシジミの「水質浄化」は「豊な生物の住める清らかな川」を作り、その川の流れ込む大村湾の豊かさも望めます。
 シジミは天然生物の王様です。

 

 

東彼杵なつやすみ

%e6%9d%b1%e5%bd%bc%e6%9d%b5%e3%81%aa%e3%81%a4%e3%82%84%e3%81%99%e3%81%bf%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%82%b1%e3%83%83%e3%83%88

 記念CDとして「彼杵おもしろ河川団」のメンバーである「筑波大学白川研究室」の若い学生さんに、この曲を作詞、作曲、CD製作をして頂きました。

 「この東彼杵なつやすみ」は毎年統合された子ども達が夏休み前になると、全員で合唱し、地域の宝物である「水辺によりそった大楠や音琴、彼杵の美しき風景」を、全員合唱する事で、その記憶を紡いで行き、伝えてくれたら、という思いで作られています。

 


休耕田を活用したドジョウ養殖の取り組み

160818_01 ドジョウの養殖は、商品として販売することも選択のひとつですが、今使われていない棚田(休耕田)に水を張り、そこに野鳥が飛び交い、ホタルが舞い、トンボが青空を滑空する、本来の棚田の風景を取り戻すのも目標のひとつです。また、ドジョウの住める棚田は水源涵養(流れる水を溜め込み、しみこませ、自然に放水すること)の機能も果たします。



美味しく(あっ!違った) 大きく 元気に育ってね!・今後は、養殖実験池で大きく育ったドジョウを林さんに分けていただきながら、東彼杵ブランドとして、皆さんが食べたくなるドジョウ料理の開発も進めます。(彼杵茶とのコラボ料理など)

・将来、「道の駅彼杵の荘」でドジョウ料理が出品されるまで、頑張れJ君!

・実験池のドジョウ飛び出し防止策の効果で沢山のドジョウが大きく元気に育ちますように!

 

第5回 水辺からのまちおこし広場

 平成27年度「水辺からのまちおこし広場」が彼杵町総合会館で開催されました。
 このイベントは、彼杵おもしろ河川団が主催し、東彼杵町と東彼杵清流会、県北グリーンクラブの共催事業で、長崎県県北振興局河川課の後援をいただき実現したものです。

第5回水辺からのまちおこし広場

彼杵式鮎遡上傾斜板

150807_02 ボランティア活動及び実験装置の作成、設計、書類作成、サンプルの採集、及び知的所有権の登録、Web はすべて「おもしろ河川団」のメンバーにより行われています。

 また、行政の協力や河川生物、河川環境のコンサルティングも受けており、そのひとつが欠けても成果は見込めません。例えば、実験装置を使った遡上実験を施行する際、地元の川で取れた現地のアユでしか実験ができないため、4月または5月の天候が良い日、全員が動ける日を決め、朝、暗い内から、河川生物のコンサルタントの有志の方が川に入り、アユの生魚を彼杵川で採集します。

 他にも次のような作業を分担して行いました。
・実験装置のモデル製作(カスタムプロホワイトで製作)
・レポートの作成(河川環境コンサルタント有志)
・実験の現場作業促進(河川生物コンサルタント有志)
・実験後の反省、今後の方針決定(全員協議)
・知的所有権(特許及び実用新案)の登録(筑波大学白川ゼミ)

 それぞれの責任分担を明確に、意見を交えながら決めています。そこに多くのネットワークの方々に見守っていただき、継続しています。これは確実に他の川では実現できない事だと考えて、その責任の重さで団員一同動いています。

 2016年までの実験成果は次の通りです。2017年5月から、①ジャンプによる遡上の確認 ②傾斜版の形状改良の検討 ③ビデオカメラによる遡上の確認 を実施する予定です。

 

 


知的所有権

 

彼杵式流量調整機能付き簡易魚道

160820_07 彼杵川は、汽水域から中流域まで4km程度しかありません。その4kmに3ヶ所の魚道と2ヶ所に1m程度の堰が点在しています。それも人が入りやすい。流量も流速も適当な安全な川です。まさしく「遡上実験のモデル河川」といえます。

 平成25年に3ヶ所の魚道の一番目に利水(農業用確保)の角落とし(利水板)があり、「垂直の壁があると水の少ない時期、アユは堰を登れません」と問いかけたのが国交省のアユ好き職員の中島氏です。それから知的所有権取得を検討し、平成26年に筑波大学の合宿の際に話し合い、27年9月に実用新案登録を完了しました。

 その後、川の水位が不安定になったことにより、(30年~40年前にはなかった事でです)今まで登れた1m程度の堰をアユが登れなくなっており、それを全員で相談し、解決したのが「彼杵式流量調整機能付き簡易魚道」です。これは河川工法のひとつのコストダウンの手法にもなり、全国に広げたいと考えています。

 

 

 

第4回 水辺からのまちおこし広場

 平成26年度水辺からのまちおこし広場が開催されました。 このイベントは、東彼杵町と東彼杵清流会、彼杵おもしろ河川団の共催事業で、JRRNの協力をいただき実現したものです。

地域社会とのつながり

 10年前のスタート時は、「町の活性化」は考えていませんでした。
 ただただ、「戻ってきたアユを上流まで登らせてあげたい」。
 それを続けるうちに、その熱いその想いをまじめに追いかけると、自然に発生してきたのが「町の活性化」でした。いつの時代も「主産物を追いかけると副産物」がついてくる。それは、その後に大きく広がりを見せることになりました。

 きっかけは7年前に、20年ぶりに町の小さな2級河川にアユがもどってきた。それが新聞、テレビで大きく取り上げられ、多くの人が町外から押し寄せました。「投げ網」「刺し網」、甚だしいのは「車のバッテリー」。これでは消滅してしまう。
 私たちははじめに「漁業権の設定」をすることで動きだしました。
 しかし、「こんな小さな川で誰が管理するのか」「その収支は成立するのか」と悩み続け、いろんなスペシャリストの方々に相談し、行き着いたのが「環境保護区」として守ることでした。

彼杵町役場との会議

彼杵町役場との会議

 その後、彼杵町に3年がかりで6ヶ所の看板行事を設置していただきました。そこから「彼杵のかっぱ公園川まつり」「しじみ、どじょうの増殖」「筑波大学の受託研究」等、行政の尽力により、思わぬ方へ展開していきました。それが自然と町の活性化、まちづくりへと結びついたのです。

 「なぜそうなったか」、答えは、川は県の河川課、町の土木課、町民課環境衛生係、大学などの研究機関、コンサルタント、地元自治会、その周辺に住まれる町民の方、いろんな方の総合力です。川の先住民やアユを守ろうとしたら、自然と多くの方々とつながっていきます。 アユを守る事の産物は、「副産物」として「水辺からのまちおこし」へ大きく広がり、流れています。