シュノーケルとアイコンタクト,田中正造について

 来春、白川ゼミ(筑波大学)にまねかれて、大学のダイビングプールでシュノーケリングとダイビングの講習に出かけます。
 当方は66才。「ちゃんとしたレクチャーをせねばならぬ、みっともない体の動きをしてはならぬ」と思って、現在大村のプールに週2回通って体を鍛えています。25m プールを無呼吸で泳ぎ、さらに 500m を泳ぐ事を目標にしています。
 なぜ、シュノーケルの講習を行うことに至ったのかでしょうか。
 きっかけは5年前の秋、東京代々木で開かれた「いい川、いい川づくり」ワークショップの川の活動発表の全国大会に、当町首長、まちづくり課、しじみ愛護団体、私の7年前からのパートナーである国交省の中島さんと参加しました。
 その際に10年前から親交のある、筑波大学生の坂本君の紹介で白川研究室にお会いしたのがスタートです。
 そして白川さんに、「あなたのゼミの研究は”人と川”、今は直接の利にはならないけど、人と川に、そこに住む”先住民、川の生き物”を入れないのはおかしい、あなたを研究者として育ててくれた恩師は、平成9年の河川法の制定に力を尽くされた方でしょう。河川法に定義されている、利水(河川法定義前は、この項目のみ)と、環境保全とちゃんと決められているでしょう。環境保全は人間以外の川の生き物の暮らしを守る事でしょう」
 そんな事を、その時にお伝えしたと思います。

 白川さんは、それに答えられ、5年前の冬、筑波の夏合宿の事前打ち合わせに筑波から来られ際、海水パンツをはかれて、冬の川にザブン、「川の生き物は見つかりましたか」、「いえ何も」、「もっと鍛えてください」。
 ・・・あのシーンは私の中にズンズンと入りこみました。

 それから4年前の夏合宿、ゼミチームは朝から東彼杵の川を回られるので、その前にと思い、国交省の中島氏と以前話していた垂直の壁。
 それは、農業用水を引くために利用している、角(垂直)落としと呼ばれる、脱着式の厚い板なのですが、それを川の生物が登りやすいように三角形にして傾斜を緩和しようと、話が始まっています。

  この企画は、利水板(角落とし)付属傾斜装置という名称で、将来公益として使えるように、実用新案登録を白川研究室に取得していただきました。 あれから3年を経過して、現在はその利水板が、全長30mほどのコンクリートでできた「堰」と呼ばれる水流を止めたり調節したりする場所に設置されました。一方で、堰は50年前には想定されなかった、今のゲリラ豪雨や長引く少雨、安定しない川の水位と水量の環境変化に対応できていません。そうした状況の中で、川の中や水の流出口に作られたこの1m前後の利水板が少しでも寄与できたらと、私たち全員で知恵を出し合い、実験装置を組み立て、春の川の生物の遡上時期にワクワクしながらワイワイと集まり、生物の観察を少年少女に帰って楽しめるようになりました。
 魚が遡上しにくいので三角形が良いと思い、朝4時に起き、工場で利水版につける三角モデルを作り、7時にモデルを持参し、このモデルの「特許か実用新案をそちらで出してください」とゼミチームにそう言いました。
 はじめは、何のことか、とまどわれた様子でしたので、続けて話しました。
 「以前お話したでしょう、「人と川」の研究に終始して「生き物の声」を入れない研究ならしないほうがマシでしょう。」
 「あなた方は、田中正造さんを知っていますか?足尾鉱毒事件に携わった田中さんは時の総理大臣、大隈重信の庭に鉱毒におかされた川の汚染水を桶にいれて背中に抱えて何度も庭にぶちまけられた。そのくらいの気骨を持って下さい。」そんな事を話したのを覚えています。   今振り返ると、あの合宿の場で、なりふり構わず高圧的に無礼な態度を取ったことを、今は反省しています。   ちょうどその前の年の夏に高温・少雨・ゲリラ豪雨があり、遡上してきたアユが気になってしょうがなくなり、何度も彼杵川で水中メガネを付けて彼らに目をあわせると共に、川を遡上した際の異常気象に追い立てられるアユが心配で心配で、その気持ちを引きずって彼らの代弁者として振舞ったことをご理解いただけたらと思います。

 それを白川ゼミが受け入れられてからどうすればこの町に川の活動を理解してもらえるかをみなさまと考え続け、

  • 理屈やデータも大事ですが、人の感性をゆさぶる里山や川や海の歌をつくろう
  • アユだけではなく他の生物のシジミやドジョウも育てよう
  • 8年続けてきた小学校の総合学習を深く広げよう。

 そんな事が少しずつ広がり、その副産物として地域が元気になってきました。
 でもその原点は平成9年に改正された河川法の項目、環境保全これはそこに住む生き物との共生も含まれます。
 「川の生き物は声が出せません」何のメッセージも発することは出来ません。
 ならば彼らとフェイストゥフェイスで彼らの目を直視して下さい。
 ちゃんとしたアイコンタクトをして下さい。
 そのためのシュノーケルとダイビングの講習です。しっかり学んで下さい。
 そして、あなた方若い研究者が研究の道に進まれても、社会に出られたからも川や海にすむ生き物の声を、あなたがたが代弁してください。
 私は66才の老人ですので。
 その川のシンボルが、アユ、里山のシンボルがドジョウやホタルやシジミです。
 その川の流れる、日本の代表的な閉鎖性海域の海のシンボルがイルカの仲間スナメリです。
 これは、10年20年30年続くムーブメントに持っていかねば意味がありません。

 私たちの目標は大村湾に、豊かな元気な海を少しでも、少しづつでも取りもどす事。スナメリは「ベイオブマーメイド」「大村湾のかわいい笑顔の人魚姫」
 考えるだけでも私たちも元気になりますし、その元気は大村湾の湾岸の人たちにきっと伝わります。
 そうそう、ベイオブマーメイドの歌を、「東彼杵なつやすみ」に続いて、できるだけの力を振り絞り、作ってください。

 「東彼杵なつやすみ」若い学生チームで、自分たちでお金を出し合い、スタジオを借りて動画まで作ってしまう。
 私は、いつもあなた方に、ときにはゲンコツを食らわせ、時には頼りないカゲロウ軍団とよくしかりつけますが、あなた方は20代の若さで見事でした、感服します。今度はベイオブマーメイドしっかり作ってください。
 私たちおもしろ河川団のメンバー全員、今、直接の利を得る人は誰もいません。遠い将来の夢を追いかける事で、全員が元気に、そして人を生き物を元気にできたらと思います。
 最後に江戸時代の商人の言葉(メッセージ)、「商人は利を追うべからず、先(セン)を追うべし」。
 先とは、夢、未来、希望の事です。「おもしろ河川団」に関わられる」民間のコンサルタントの方々、コーディネーターの方、国、県の河川行政の担当の方、筑波大学ゼミチーム、東彼杵町、すべて、手に入る利は誰にもありません。
 全員で夢を追いかける事で、それが各々に伝播し、全ての人が元気になり、その元気がまた他の方々に伝播し、その結果心が豊かになり、海が元気になればと考えております。 

池田 健一

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